side of the moon

その5



「―――い、おい、起きろって!」足を蹴られてびっくりして目を開けると、ニヤニヤ笑っている崎山の顔が飛び込んできた。
「アホかおまえ!もう終わっとるぞ?」
まだしっかりしない意識ながらも、あたりを見回すと、おれたちの姿しかなかった。
「立てやはよっ!次の投影の準備があるねん!行くぞ?」
さっさと出口に向かう崎山に呆然としながらも立ち上がると、腕に手が添えられた。
「先輩・・・?もう頭起きましたか?」
げげっ!そうだ・・・麻野がいたんだ・・・・・・
「とりあえず出ましょうよ」
おれの腕を引っ張る麻野とロビーにでると、崎山が椅子に腰かけていた。
「ぼく、飲み物買ってきますから・・・」
反対の方向にパタパタと走っていく麻野を見送って、おれは崎山の隣りに腰を下ろした。
「悪い・・・」
とりあえず謝る。
「おまえ、バレバレやっちゅうねん!尾行するんやったらもっとわからんようにせな!」
飽きれたような眼差しを投げかけられ、返す言葉もないおれはただ黙っていた。
「授業はどうしてん」
「木原にレポートの提出を頼んだ。あの教授、出席は取らないから・・・」
ふ〜んと鼻で返事をした崎山は、おれの帽子を剥ぎ取った。
「こんなうさんくさいもんかぶんなや」
深い帽子のおかげで隠れていた顔が露わになって、表情もまるごと崎山の前にさらされ、おれは肩を竦めた。
「―――いつから知ってた?おれがつけてるって・・・」
「ここに来る道から知ってたわ。優くんは、地震の装置が動いた時に気づいたみたいやけどな・・・」
穴があったら入りたいほど恥ずかしい。
自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
「おまえの反応がおもしろうて、優くんにベタベタしたった。おれが優くんを引き寄せたん・・・知ってる?」
「ああ」
「優くん謝りやるねん。あれは誰に謝ったんやろうな・・・」
「あれは・・・」
「もしかしたら、後ろで様子をうかがってたおまえにかも知れんな」
「は?」
「わからんかったらそれでええ」
「おまたせしましたっ」
紙コップを手に麻野が戻ってきた。
「はい、崎山さんはコーラでよかったんですよね。先輩はミルクティーですよね」
にこやかに紙コップを手渡すと、おれの隣りに腰かけた。
「あれ?麻野は?」
「ぼくはいいんです」
額に汗を滲ませているくせに飲み物いらないなんて。
あぁっ、二つしか持てなかったのか・・・
崎山はコーラを一気飲みすると、すくっと立ち上がった。
「優くん、今日はありがとう。おかげでチケット無駄にならへんかったわ。後は三上に遊んでもらい。ほなな」
いともあっさり出口に向かう崎山を麻野は追いかけ、二言三言話をすると戻ってきた。
再びおれの隣りに腰を下ろす麻野に、かける言葉を見つけられず、おれはミルクティーを差し出した。
これ飲みな?」
えっ?」
「くちびる乾いてるぞ?」
そう言うと、麻野は指で自分のくちびるを撫で、「ほんとだ」と微笑んだ。
紙コップを両手で包み込むように持ち、伏目がちにミルクティーをすする麻野を隣りに、おれは言葉を探すのに必死だった。
「ごめんな・・・」
やっとのことで出た言葉。謝罪の言葉。
「先輩・・・?」
おれの謝罪の意味がわからないのだろう、不思議そうにおれを覗きこむ瞳が、ちょうどロビーに差してきたオレンジの陽光できらきら輝いていた。
「今度はふたりで来ような。次は星座と神話の特集らしいけど・・・どう?」
「先輩がいいなら、一緒に来たいです」
長い睫毛を伏せながらそういう麻野の顔が赤いのは、照れのせいか夕陽のせいかわらなかったけど、そんなことはどうでもいい。
「じゃあ、帰ろっか。メシ食って、コンビニでアイス買って帰ろうぜ」
次の最終投影が始まる時間が迫ってきたようで、にわかにロビーが騒がしくなってきた。
自然と手を差し伸べると、麻野は一瞬たじろいだが、半ば強引に手をとり、出口に向かった。
おれたちだって、カップルに見えるよな・・・?
つうか、きっとおれのほうが麻野に似合ってるよな?
なんて思いながら、オレンジに染まった空を見上げた。
「今日の夜、きれいな夜空が見れるといいな?」
にこやかに頷く麻野の顔を見て、今度、天体望遠鏡を買おうと心に誓った。


                                                                       


〜おしまい〜



おつかれ様でした。
いっつも後ろ向きなラストになるのでちょっとイメチェンしてみました。
てか、三上・・・じれったすぎです。
うだうだ言ってないでコクっちまえって!(笑)


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